ブライトンの奇跡は
なぜ起こったのか?

エディー・ジョーンズ ヘッドコーチの“マネジメント”力の視点から読み解く、経営学的チーム論

前半、善戦。終盤、失速…。ラグビー日本代表の弱点

過去の傾向をひっくり返し、終盤20分で大逆転した南アフリカ戦

選手と学者。双方のキャリアを併せ持つ人物が「奇跡」を分析

「奇跡」ではなく、「必然」。それは、5つのマネジメント戦略が起こしたもの

2015年、イングランド。下馬評を覆した日本代表の奇跡

「私にはこんなストーリーは書けない」
あの、ハリーポッターシリーズを描いた人気作家J.K.ローリングにそう言わしめた“スポーツ史上最大の番狂わせ”がある。いまから4年前の2015年9月19日、イングランドで開催されたラグビーワールドカップにおいて、日本代表が強豪・南アフリカに勝利した試合だ。日本は世界的には弱小国と見なされ、24年間ワールドカップで勝ち星なし。一方の南アフリカは世界ランキング3位で過去2度の優勝を誇っていた。

開始後、相手のミスもあり五郎丸歩のペナルティキックで先制点をあげた。しかし相手は強豪。すぐに逆転され、前半は10-12と相手のリードのまま終える。後半に入っても南アフリカの勢いは続き、13-19と点差が広がる一方。実は日本代表の特徴として、前大会までは「前半は善戦するものの、最後の20分間に大量失点」という傾向があった。何しろ相手は体格の一回り違う相手ばかり。試合を通じて彼らとぶつかり合った疲労が終盤になって動きに出てくる。この日も同じ展開になるのか……。

しかしこの日は違った。パスの正確性、ランナーの動きのキレも抜群で、相手を攻め続ける。次第に追いついた3点差。焦った相手のミスを誘い、ペナルティキックのチャンスが訪れる。試合は終了直前。この日冴え渡っていた五郎丸のキックが決まれば3点が入り、同点で試合を終えられるだろう。それでも下馬評からすれば「奇跡」だ。しかしメンバーたちはペナルティキックではなく、スクラムを選択した。スクラムから再開し、トライを決めれば5点。一気に大逆転だ。決まらなければそのまま敗北。ヘッドコーチからもペナルティキックの指示が出ていたという。だが彼らは逆転に賭けた。

そしてうまれた、奇跡の逆転劇。34-32。“ブライトンの奇跡”と、世界が興奮した。

2015年9月19日、日本代表は南アフリカ戦の激闘を制した ©JRFU

2019年、日本。ワールドカップ開催直前に分析された4年前の「必然」

しかし、この結果をただの「奇跡」として片付けてしまっていいのだろうか。元日本代表として仲間と共に成長し、ブライトンの奇跡にも立ち会った伊藤鐘史は、その勝因を「マネジメント戦略による必然」だと分析する。ワールドカップのスコットランド戦にも出場し、翌年からは現役のかたわら母校の京都産業大学の大学院マネジメント研究科に入学してマネジメント学を修めた「選手経験とマネジメント学の双方」を併せ持つ稀有な存在だ。現在は京都産業大学ラグビー部フォワードコーチとして、その双方の経験を選手の育成に生かしている。

彼によるとその奇跡は、何年も前から始まったものだという。2012年、日本代表のヘッドコーチに就任したエディー・ジョーンズはさまざまな革新をチームに導入。長期的目標と短期的目標を組み合わせ、達成の都度バージョンアップさせながら選手のモチベーションを高めていった。例えば2012年就任当初の長期的目標は「世界TOP10」。そのためにまず2012年の短期的目標として、「ヨーロッパ遠征 アウェイで勝つ」を掲げた。それが達成されると翌2013年は世界的強豪として知られる「ウェールズに勝つ」。さらに2014年には「連勝新記録を作ろう」。その先に、長期的目標も「TOP8」へと進化した。ポイントは「大きな夢、目標を掲げる」こと。されど「ギリギリ届くと信じさせるアプローチ」。これら長短の目標を使い分けながら、厳しい指導も行いながら、良いパフォーマンスを選手がしたときには「イイネ!ヨカッタネ!」など褒めるべきところはしっかりと褒める。こうして、選手たちのモチベーションも、実力も、そして目標も段階を追うように進化していったのだ。
もちろんそれだけではない。「ラグビー伝統国の真似ではなく“JAPAN WAY”」を探し、磨き上げること。目標達成に向けた世界一のハードワーク、自主的に選手が行動するためのマインドセットなども、エディー流「マネジメント」のポイントだと伊藤は分析する。これら5つのマネジメントが効果的に連環し合い、日本代表は着実に成長していった。
次のワールドカップは今月、9月20日から始まる。日本で行われる初めてのワールドカップ、彼らはどんな奇跡を見せてくれるのだろう。いや、奇跡ではない、確実な「達成」を。

伊藤鐘史コーチが日本代表時代に撮影した「挑戦」の現場 ©JRFU

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