「涙腺ダム」が、
VRの新たな可能性をひらく

国際学生対抗VRコンテスト「IVRC」が切り拓く、VRの未来

VRの可能性はまだまだ未開拓。遊ぶように、試すように、様々な試作が可能性を押し広げる

「まぶたを閉じる&開く」をトリガーに。せきとめていた涙があふれ出る体験をVRで体験させる

人の体感は、「五感の複合」。感覚と心理を研究し尽くし、それを動かすVR

VRとはなんだ?

VR、すなわちバーチャル・リアリティは、いまやさまざまな場所で体験することができる。身近な例でいえば、市販のゲーム機でコントローラーがぶるぶると震えるのもVRの一種といえるだろう。レースゲームで自車がクラッシュしたときにその振動を伝えることで、画面上の衝撃を部分的に体験することができるのだ。近年では、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)の進化と普及により、さらにVRで享受できる感覚は増えた。USJなどのテーマパークでも、HMDを頭に取り付けて座席に座れば、映画のキャラクターが目の前に飛び出してくる。ぶつかったときの衝撃は、座席の振動が伝えてくれるし、煙などの感覚は目の前からプシューと空気が飛び出してくる。それに合わせて耳にも音声が飛び込んでくる。触覚、視覚、聴覚、嗅覚…。複数の感覚が複合することによって我々はそうした「体験」をまるでリアルのように体感することができるのだ。

しかし逆に考えれば、こうした仕組みはそもそも逆算からできているといえる。ひとつの感覚だけでは部分的。複数の感覚が同時に、リアルタイムに与えられることにより、我々は「実体験」を感じる。例えばリンゴを手にとるとき、手はその硬さを、重さを。鼻は匂いを。目は、近づいてくる赤い物体を。それぞれ認識し、脳内で融合することによって「離れていたリンゴが目の前に近づいてくる」という現象を知覚“したつもり”になっているのだとも考えられるだろう。

実はこうした仕掛けは世の中のさまざまなものに応用されている。私たちがこのWebをスマホで見ているとして、リンクボタンを押すことができるのは…というよりも、「押した気になれているのは」なぜだろう。まず、Webの画面上に、文字や写真とも見た目が明らかに違う、ちょっと立体的な長方形がある。「これを押したら何かが起こるのかな?」と思う。それを押してみると、押された形状は微妙に変化する。マナーモードにしていなければ「押された音」がする場合もある。こうした複合的な感覚の融合の助けにより、我々は「三次元としては存在しない二次元のものを“押している気に”」なっているのだ。

数年前のVRでは、高層ビルの屋上から飛び出した細長い板の上を歩く体験がよく取り上げられていた。これは視覚だけだ。これを応用することで、「認知症の人が見えている世界(たとえば階段が奈落のように見える不安感など)」を体験させ、福祉支援環境の向上に役立てようという動きもある。
これら視覚のVRに、上記のようなさまざまな感覚を組み合わせていくことで、VRの可能性はますます広がっていく。問題は、「誰がどう?」広げていくのかということだ。

オープンソースという概念がある。かつて、WindowsやMacといったOSの仕組みは開発企業内で秘匿されていたが、第三のOSとして生まれたUNIXはその内容がオープン。世界中の誰もが自由に開発に参加ですることでアメーバー的に進化していったのだ。現在のアプリも同様。開発環境をオープンにすることで世界中のあらゆる人々が参加し、さまざまなアプリが生まれ、可能性が広がった。

そして現在、VR。学生たちが自由な発想でその可能性を広げようとしている。世界中の学生が新たなVRのアイデアを競い合う国際学生対抗バーチャルリアリティコンテスト(IVRC)は名称を変えながらも2019年でなんと27回を迎える。

「涙腺ダム」の基本設計

生まれる、新しい複合感覚

1993年の第1回大会では5チームであった参加チーム数も年々増加し、ここ数年は書類審査の段階で全国から100件を超える応募がある大規模な大会となった。2019年9月に開催されたIVRC2019予選大会では、書類審査への103件の応募の中から優れた23件が選出され、展示を行った.展示作品の内容も非常に多岐にわたり、ボード型デバイスで振動により波に乗っている感覚を再現する「グランドサーフィン」(風と海の匂いも再現)や、ホース型コントローラを操作することで消火活動を行う「VR消防体験」などさまざま。

この中で、『涙腺崩壊』という体験を再現しようとしたチームがいた。もしもこの言葉のように、目から大量の水が止めどなく溢れ出て、涙腺が壊れたかのような感覚を体験できるとしたら…? 京都産業大学 コンピュータ理工学部(現:情報理工学部)のチームは、この“涙腺崩壊”体験を土木構造物の『ダム』に当てはめ、頭部を貯水池、まぶたを水の流れ出すゲートに見立てたシステム『涙腺ダム』を作成した。メンバーは、同学部永谷直久准教授率いる「永谷研究室」4年次生の奥田健嗣さん、青木結香さん、 北村武也さん、渡辺隼也さんの4名。

この「涙腺ダム」の体験者は、その名の通り、頭部に溜まった「涙の貯水池」でタプタプと揺れる貯水の重さを感じながら、かたくつぶったまぶたを少しゆるめるとじわじわと水がまぶたから流れ出る感覚を味わえる。そしてはっきりとまぶたを見開いた瞬間、まるでダムの放水のように、大量の涙がまぶたからあふれ出る感覚を味わえるのだ。

この複合感覚を「逆算」してみよう。
まずは触覚だ。頭の上に水袋をのせることにより、体験者は「頭の中にタプタプと揺れる重たい貯水池がある」と錯覚する。その触覚は、まぶたを開くというインタフェースのトリガー(行為と結果をつなぐ、スイッチ的な意味)により、さらに変化する。軽くゆるめたときは水袋からじわじわと水が流れ出す。もちろん、実際にまぶたに流してはびしょ濡れになるため、水袋につなげたホースを通じ、体験者後部のバケツに流す。そしてまぶたをはっきりと見開くと頭上の貯水は一気に軽くなっていく。さらにHMDの振動子を通じて濁流のような振動を体験者の触覚にプラスするのだ。
合わせて、ダムの放水のような激しい水音が「聴覚」に与えられる。
HMDで「視覚」に流れる水流が映し出される。
こうしたさまざまな感覚がタイミングを損ねず「同時」に提供されるため、体験者は「頭上の貯水池が一気に涙となってまぶたから流れ出す」感覚を知覚することができるのだ。開発した学生たちは語る。「今後、HMDはさらに高性能化していきます。視覚情報だけでなくさまざまな感覚情報が提供されるようになる中、複数の感覚情報が相互に魅力を消し合わない構造がコンテンツに求められるはずです」。感覚を打ち消し合うのではなく、相乗効果としてひとつの体験をうみだす涙腺ダムの仕掛けは、驚きをもって迎えられた。

VRの可能性は無限にあるといえるだろう。人の体験はさまざまで、そこに潜む複数の感覚は調べれば調べるほど明確になっていく。
もしかしたら、VRとは体験をうみだすものというよりも、人の体験を精緻に分析する「人間学」なのかもしれない。人間学を駆使し、若者たちは新たな体験と、人類の可能性をうみだしていく。

シェアする

関連する学び

あわせて読みたい記事

歴史

世界最古の絵画? 7万3000年前の石に描かれた模様 南アフリカの洞窟から出土した石の薄片はアートなのか落書きなのか NATIONAL GEOGRAPHIC

遺伝子

“海洋科学のすべてを変える技術” 環境DNAに期待 わずかな量の淡水や海水から海洋生物の生息数を調べる新技術が注目されている NATIONAL GEOGRAPHIC

多様性

人々を癒すセラピー犬、 犬はどう感じている? 小児がん病棟のセラピー犬を科学的に調査、最大規模の研究結果 NATIONAL GEOGRAPHIC
記事一覧に戻る