京都 × インド。一見かけ離れた
地域の文化から見えてくるもの

文化学の知見を広げる、数週間のインド海外研修とは

京の名所はインドに通ず!?

同じ仏教でも、異なる寺院の形。インド文化と日本文化の共通点と違いとは

海外フィールドワークで文化の多様性を学ぶ

共通する文化のルーツや差異から、文化の多様性や交流のヒントが見えてくる

現地の寺院で、見えてきた「共通点と違い」

韓流ブームや中国ドラマの流行など、東アジア文化はいまや日本人にとってもなじみあるものとなっている。しかしインドについてはどうだろう。もちろんカレーなどを通じてインドを知る(または知っているつもり)の人は多い。1995年(韓流ブームが始まるよりも以前)に、踊るインド映画『ムトゥ 踊るマハラジャ』が日本で大ヒットしたことはあったが、インド文化へのなじみはまだまだ薄いといえるだろう。

しかし実はさかのぼること1000年以上も前、日本にはインドブームとも呼べるものが到来していた。もちろん中国や韓国を経由してなので、言いすぎかもしれないが、インドのブッダを始祖に持つ「仏教」が伝来していたのだ。736年には当時の都であった奈良で東大寺大仏殿の開眼供養法会が行われた折には、ボーディセーナというインド出身の僧が来日。彼は日本名「菩提僊那(ぼだいせんな)」とよばれ、日本に仏教を広めながら日本で一生を終えたという。

仏教はやがて日本中に広まるとともに、遷都により寺院も京都の各地に根付いていくことになる。「菩提僊那」のように、インドの言語由来ながら、いまでは日本語のように思われるほど文化に根付いたものも数多い。例えば寺院によく見られる阿修羅像はインドの昔物語に出てくる鬼役“アスラ”が語源。阿弥陀如来は“アミターバ(またはアミターユス)”が語源。「僧」は“サンガ”、「卒塔婆(塔の語源)」は“ストゥーパ”、「伽藍」は“サンガーラーマ”と、数々の言葉がインドの言語であるサンスクリット語に由来すると言われている。ただ面白いことに、由来をひとつにしながら、それぞれの意味や形は時を経てそれぞれの地域で異なる形に進化していく。例えば寺院であれば、日本では五重塔といった建築物がよく見られる。類似の建物はインドにも今もあるが、冒頭のピクト図に示したように、「塔」の形をしていながらその様式は多分に西洋的なものも見られる。インドはヘレニズム文化やイラン文化の影響を受けたこともあり、次第に西洋的な要素が取り入れられていったもの、という考察もできるだろう。また、京都でよく見られる僧侶の「袈裟(けさ)」にしても、実は“カシャーヤ(濁った色)”を語源にしているという説もある。華美なものに執着しないよう、あえて濁った色に染めた長方形の大きな一枚布がカシャーヤであり、それはいまもインドで見られる「サリー」に類似する衣服である。

こうした共通点と差異を知ることは、文化の特徴や経緯を深く知るためのひとつの入り口だといえるだろう。

インドの民族衣装「サリー」を着て、インドの方々と交流する学生たち

京の文化を見つめ直す、「海外フィールドワーク」というパラドクス

こうした文化の共通点と差異を、机上だけではなく実際に体感してみる実践が、京都産業大学 文化学部で長年にわたって行われている。京都で文化を学ぶ学生たちが、一見かけ離れた地のように思われるインドを約2週間にわたって訪れ、文化を学び、交流するというものだ。「国際文化研修(インド)」とよばれるこの実践は、インド西海岸の大都市、ムンバイに隣接するターネーという都市で行われる。拠点は、提携大学のひとつであるVPM大学(Vidya Prasarak Mandal)。研修“旅行”ではない。毎朝起床すると、本場のヨガとプラーナヤーマとよばれる呼吸法をたっぷり1時間実践。日本流に改められたよく知るヨガとは異なる本場のヨガに驚きの連続だという。朝食もインドの人々の日常の食事で、その後は午前中いっぱいヒンディー語のレッスンが行われる。午後からは英語レッスンを受けた後、学んだ言語も活用しながらVPM大学の各学部の学生たちと交流する、といった具合だ。

研修前にも全5回の事前学習を行う。ワークショップで学んだインドの現状・歴史・文化・生活の仕方についての知見を生かし、自分たちがこれまで学んだ文化学や京都の伝統文化に関する知識を活用し、現地でインドの文化や、世界の文化の多様性について学びを深めていくのだ。

なお、現地では上記のような“ルーティン”に加え、地元の伝統的なお祭り「ガネーシャ祭」への参加やターネー市庁舎への訪問、仏教遺跡やヒンドゥー教寺院の見学など多様なフィールドワークも行う。その中で学生が体験した「メヘンディ」は、いわばインドの伝統的なタトゥー。現地の植物を乾燥した粉末で肌に自由に紋様を描くと、数週間肌に色素が残るというものだ。現在のインドではファッション的な意味合いも見受けられるこのメヘンディだが、元々はマンダラなど呪術的紋様を描いて“魔除け”にするというものだったという。考えてみれば、魔除けという文化も興味深い。西洋にも、アジア各地にも、呪術的な紋様で魔を払うという文化は散見される。実は京都の町家の屋根瓦を見上げると、「鍾馗様」とよばれる魔除けの像がそこかしこにあることに気づくだろう。京都の四方にも、魔除けのための建物が建立されたといわれており、有名な比叡山延暦寺は京都北東の鬼門を護るものとされている。

意外なつながりと、そして独自のものへと育ってきた京都・インドの文化。学生たちはインドの文化を学ぶと同時に、現地のインド人学生たちに折り紙や書道といった日本の文化も紹介したという。「インドにもおもてなし精神が!」「つねに笑顔でいないと心配してくれる」と、そのおもてなし精神の強さや独特さに驚く声や「伝統的な文化と近代的な文化の混在の仕方が日本と違う」と、比較文化論的な発見に至った声も上げられた。かつてインドから日本に仏教が渡り、独自の進化を遂げたように、現在の日本-インドの文化も行き来し、時には融合し、そしてまた新たな文化をうみだしていくのだろう。その主役はつねに、若者たちなのかもしれない。

「メヘンディ」を体験する学生たち

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