ノートルダム大聖堂、失われたものと残ったもの

「再建に必要な知識は十分にある」と専門家

NATIONAL GEOGRAPHIC

文=Kristin Romey/訳=ルーバー荒井ハンナ
(PHOTOGRAPH BY VERONIQUE DE VIGUERIE, GETTY)

京都産業大学による見どころチェック!

850年間、損壊と再建を繰り返してきた大聖堂

貴重な建物に起きた火災。どこまで無事なのか…

元通りにするか?より強固なものにするか?決断のとき

 フランスの首都パリのシテ島には、かつてローマ帝国の寺院が、その後はバシリカ様式のキリスト教会堂が建っていた。その跡地に1163年春、後にノートルダム大聖堂の土台となる最初の礎石が置かれた。それから数百年の間、ノートルダム大聖堂は信仰と町の中心として栄えてきた。ところが、16世紀に入るとフランスの改革派ユグノー(カルバン派)教徒による襲撃、18世紀にはフランス革命、さらに20世紀にはナチス侵攻と、次々に悲劇に見舞われる。850年に及ぶ歴史のなか、大聖堂は崇敬と反乱の対象となり、損壊と再建を繰り返してきた。それでも、12世紀に据えられた土台はセーヌ川に浮かぶ島にしっかりと残っていた。(参考記事:「パリの有名観光地の下に眠るローマの遺跡」

 そして21世紀に入った穏やかな春の夕暮れ、ノートルダム大聖堂は炎に包まれた。パリの警察と消防隊員は、一刻を争うようにして持ち運び可能な貴重品の数々を建物の外へ運び出した。そのなかには、キリストが十字架刑に処せられたとき頭にかぶせられていたとされるいばらの冠や、ルイ9世がそれを1238年にノートルダムに納める際に着ていたとされる服が含まれていた。他にも、1789年のフランス革命で宝物庫が略奪された後に教会へ寄贈された黄金の聖杯や銀の水差し、典礼書なども、無事運び出された。(参考記事:「独占:「キリストの墓」の年代を科学的に特定」

 だが、残念ながら動かせないものもあった。北塔と南塔の巨大な鐘は、フランス史上重要な出来事があると鳴らされてきた。8000本のパイプからなる巨大オルガンは、完成までに数世紀かかり、大聖堂を荘厳な音楽で満たした。太陽の光を受けてきらめく巨大な円形のステンドグラス「バラ窓」は、中世の時代から大聖堂の通路を照らしてきた。本記事の執筆時点で、これらの損傷の程度はわかっていない。

 今のところわかっているのは、既に多くの動画や写真にも記録されているように、エッフェル塔に並ぶパリの象徴として空高くそびえていた19世紀の尖塔が、4月15日午後8時半ごろ炎に包まれて崩落したということだ。尖塔の頂点からパリの街を見下ろしていた青銅の風見鶏は、後に焼け跡から無事発見された。風見鶏の中にはいばらの冠の一部、聖ドニと聖ジュヌビエーブゆかりの遺物が納められていたが、それらの無事はまだ確認されていない。

 また、木材を複雑に組み合わせた「森」と呼ばれる屋根裏の骨組みも、この火災により失われた。12世紀~13世紀に作られた骨組みが、鉛の板で覆われた巨大な屋根を支えていた。聖遺物や装飾的な傑作ではないが、中世の建築技術がうかがえる貴重な構造物だったと、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校のメレディス・コーエン氏は言う。中世美術と建築学の准教授であるコーエン氏は、美しい彫刻が施された聖歌隊席もどうなったのか気になるという。細かいことだが、席には中世の聖歌隊が刻んだ落書きも残されていた。(参考記事:「ギャラリー:ありし日のノートルダム大聖堂 写真17点」

「建物自体が宝なのです。そして、そこに収められているすべての芸術品が、この中世の偉大なプロジェクトを作り上げていました。当時の人々は、ノートルダム大聖堂にユートピアを見ていたのでしょう。そして、永遠に存在し続けてほしいと心から願っていました」

 米ヴァサー大学の歴史学教授で、中世とルネサンス研究部長のナンシー・ビサハ氏も言う。「大聖堂は、敬虔なカトリック教徒だけでなく、パリ市民全体の誇りでもありました。これを見るために人々は町を訪れ、地図にも載る。そういう意味では、その宗教を信仰する一員でなくても、自分の住む町の一部をなし、自分は何者であるかを示してくれる大聖堂を誇りに思ったのです」(参考記事:「ギャラリー:荘厳で華麗 世界の聖地を彩る38の宗教建築」

どう再建するかは議論になるか

 また、ノートルダムがパリジャンだけでなくフランスの全国民にとって重要な建造物であることから、その再建と修復は一筋縄ではいかないだろうと、コーエン氏は懸念する。例えば、中世に作られた基礎はまだ残っているが、崩落した尖塔は元のように19世紀のゴシックリバイバル様式で建て直すのか、それともそれ以前の中世の様式にするのか、はたまた既存の建物に合わせつつも2019年式にするのかを決めなければならない。

 中世研究家のベロニク・スレイ氏はナショナル ジオグラフィックに対し、ノートルダムを元の形に戻すために必要な知識は十分にあると語る。屋根裏構造の「森」はすでに細部まで調査され、3Dスキャンしたデータが残されている。専門知識を持った職人は、中世の大工が使っていた道具を扱う技能も備えている。(参考記事:「収蔵品の約9割を消失、火災のブラジル国立博物館」

 その一方で、スレイ氏はこんな疑問も投げかける。「骨組みが失われた今、元と全く同じ建物を再建すべきか、それともさらなる災害から守るため鉄骨に置き換えるべきでしょうか」

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