標高5000mに出現する季節限定の街 エベレスト

世界最高峰の登山シーズンを迎えた、ベースキャンプの生活

NATIONAL GEOGRAPHIC

文=Freddie Wilkinson/訳=高野夏美
(PHOTOGRAPH BY FREDDIE WILKINSON, NATIONAL GEOGRAPHIC)

京都産業大学による見どころチェック!

人体の限界地。世界に2つとないベースキャンプ

宿泊、食事、ゴミ処理、119番…。都市さながらの生活

“苦行”か“究極のサマーキャンプ”。エベレストへの出発地

 毎年春、世界各国の何百人もの登山家が、世界最高峰の登頂成功を願いつつエベレストへ向かう。しかし、その時間の大部分は斜面をよじ登ることよりも、ベースキャンプでの準備や休息、高度順応に割かれている。日常の家事と物資輸送、そしてときどき生死のドラマが起きるのが、ベースキャンプでの生活だ。

主なキャンプは2つ

 エベレストの登頂ルートは主に2つある。それぞれにベースキャンプがあり、テント生活にも違った特色がある。チベット側の北稜は比較的アクセスしやすい。ベースキャンプまでずっと車で行くことができるのだ。北側からの登山の多くはネパールのカトマンズから出発し、車で国境を越えて中国に入り、山を目指す。

 一方、ネパールからアクセスするサウスコルのルートは、普通は1週間かけてトレッキングしないと山の麓にたどり着けない。もっとも、ヘリコプターのおかげで、そうした難易度はかなり軽減されている。

 どちらのキャンプも、氷河が作った2つの巨大な谷の中に作られている。北側のチベットベースキャンプはロンブク氷河末端に位置し、南側のネパールベースキャンプはクーンブ氷河の上にある。

キャンプ地は人体の限界

 どちらのキャンプも標高5100~5300メートル台の地点に作られているのには、ちゃんと理由がある。およそ標高5500~5800メートルで人体は異常をきたし始め、長く生命を維持できない。ここより高いところで暮らそうとしてはいけない、ということだ。

 したがってベースキャンプは登山者の本拠地となる。ここから、登山家たちは1回3~5日の日程で全力で山に挑み、ベースに戻ってきて、少し快適な空気の中で体を回復させる。

現地スタッフが支える活況

 人気のエベレストブロガー、アラン・アーネット氏によると、ネパールの文化・観光・民間航空省が2019年春シーズンに発行したエベレスト登山許可証は375通。一方の北側には、144人の外国人登山者がいると伝えられている。単に登山許可証を持っていれば、ベースキャンプを拠点に山に登れるというわけではない。外国人はすべて、現地で認可された業者を通して登らなければならない。こうした業者が、ベースキャンプの宿泊、食事、基本的な手洗いの設備を提供している。(参考記事:「満員のエベレスト」

 外国人登山者の3~4倍の人数に上るのが、やはりベースキャンプで生活する現地の働き手だ。山に登るのを仕事とするシェルパもいれば、ベースキャンプのスタッフもいる。料理人、食器洗い係、給仕、そしてチームの責任者が、全員でガイド付き登山客をサポートする。

 彼らは、全員がシェルパ族というわけではないが、ほとんどがネパール人だ。この人たちがエンジンとなって、ベースキャンプの活況が維持されている。(参考記事:「悲しみのエベレスト」

夕食のメニューは?

 腹が減ってはいくさはできぬと言われるが、エベレストでも同じだ。ツアー会社は、できる限り最高の食事を提供しようと、膨大な努力と資源を投入する。ほとんどの商業登山では1日3度の食事を出そうと努めており、タンパク質、炭水化物、何らかの果物か野菜を摂れる。

コック長のスバス・マギャルさん。米、パスタ、卵、缶詰の果物や野菜、チャパティと呼ばれる薄いパンを主な材料に、日に3度の食事を出す。
(PHOTOGRAPH BY FREDDIE WILKINSON, NATIONAL GEOGRAPHIC)

 米、パスタ、卵、果物や野菜の缶詰、チャパティと呼ばれる薄いパンといった基本的な食材が大部分だが、独創的なシェフなら、食事に飽きが来ないよう工夫するだろう。ヘリコプターや車、あるいはヤクで届けられる生鮮食品の定期輸送が大きく役立っている。

 間食用に温かい飲み物、ドライフルーツ、そしてプリングルスもたっぷりある。

 別の食事用テントでは、ネパール料理(ほぼ例外なく、ダルバートという炊いた米とレンズマメの伝統的なネパールのシチュー、それにお茶)を現地の労働者に出している。

都市さながらの課題

 キャンプ地は原則、先着順で決まっていく。抜け目のない主催者の中には、現地の代理人を派遣して、一番いい場所の権利を何カ月も前から主張する者もいる。何百人もの人々が数平方キロの範囲で野営するため、ベースキャンプの運営側は、小さな街の都市計画担当者と同じような問題に直面している。

 クーンブ氷河上にあるネパールのベースキャンプでは、サガルマタ環境汚染管理委員会の尽力で基本的な衛生基準が守られている。ロンブク氷河のベースキャンプでも、中国当局が同じ機能を果たしている。トイレでは、内側にごみ袋を着けたプラスチックのバケツに汚物を入れて運び出し、低地に下ろして処理する。ごみも同様に収集され、運び出される。

 おかげで今のキャンプは比較的清潔に保たれているが、登山道を少しそれれば、大きなごみの山が目に入るだろう。ごみへの意識が薄かった時代の登山隊の遺物だ。ネパール側では、こうしたごみの一掃を目指して少しずつ取り除く努力が進んでいる。今年はごみと排せつ物の量を抑えるため、中国当局はチベットのベースキャンプへのアクセスを登山活動に制限し、観光客の来訪を禁止している。

高地で優雅なキャンプ

 すべてのエベレスト登山チームが同じ宿泊設備で過ごしているわけではない。あらゆる都市と同じく、「いい生活」をしているチームもいる。最上位のキャンプと、安上がりの宿泊設備の違いは何だろうか?

 最も高級な商業ツアー会社は今、立ったまま中に入れるベッド付き大型テント、ガソリン発電機による無制限の電気、温かいシャワー、強力で信頼できるWi-Fi、夕食後の映画用プロジェクターを提供しており、ヨガとストレッチ用の専用テントまである。だが、そうした快適さは安くはない。一番値の張るツアー会社は10万ドル(1100万円)以上請求する。低予算の装備なら、費用は2万5000ドルから4万ドルというところだ。(参考記事:「エベレスト商業登山、考え直すとき」

 ただし、ナイトクラブや派手なパーティーを求めてエベレストベースキャンプにやって来てはいけない。ほとんどのチームはそれほど交流せず、就寝も早い。少なくとも、登頂してしまうまでは。

「クライミング・ザ・セブン・サミッツ」のテントには透明なパネルが使われ、地球上で屈指の雄大さを誇るヒマラヤの山々を眺められる。
ガイド付きの登山者たちは、標高5364メートルのベースキャンプで休息し、体を慣らすことに時間の大半を割く。そして、長時間いると人体が持たない薄い空気の中へ登っていく準備をする。(PHOTOGRAPH BY MIKE HAMILL)

 シーズンの終わりには、ほとんどのガイド付き登山客がなるべく早く自国へ帰っていくが、ベースキャンプのスタッフにはまだ数週間分の仕事が残っている。あらゆる物を解体して、谷を下って安全な保管場所へ運ばれていくのを見届けるのだ。カトマンズへ長旅をして戻らなくてもいいように、多くのツアー会社が近くの村で保管場所を借りている。

ベースキャンプの119番

 大きな登山隊なら、専属の医師をチームの一員として連れていることが多い。そうしないと、山の南北どちら側でも、整った医療サービスには限界がある。体調に深刻な問題があれば、一刻も早くベースキャンプを去り、標高の比較的低いところへ下りるほかない。

 クーンブ氷河のベースキャンプでは、ヒマラヤ救助協会の「エベレストER」が急な症状に対応している。症状が重い患者は、ヘリコプターでできる限り速くカトマンズへ搬送される。ロンブク氷河のベースキャンプでは、車で4時間のところで1次医療が提供されている。

好きか嫌いか、2つに1つ

 ある人にとっては、ベースキャンプはエベレストに登るチャンスと引き換えに4〜5週間過ごさなければならない苦行の地だ。また他の人にとっては、究極のサマーキャンプであり、地球上に二つとない場所、そしてコミュニティーとなる。いずれにせよ、この惑星で最も高い地点に登りたい人なら、この2つが出発点なのだ。(参考記事:「インタビュー:プロ登山家 竹内洋岳」

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