「死の海域」が過去最大規模のおそれ、米国南部

世界で拡大しつつある低酸素海域、原因は川から流れ込む水

NATIONAL GEOGRAPHIC

文=SARAH GIBBENS/訳=鈴木和博
(PHOTOGRAPH BY PHIL DEGGINGER, NASA LANDSAT/ALAMY STOCK PHOTO)

京都産業大学による見どころチェック!

淡水による「酸欠」。次々と生物が逃げ出す

流れ込む肥料、異常気象…。酸欠の要因はひとつではない

海のデッドゾーン拡大は「現在進行中」。重大な問題と捉えるべき

 米国南部の海が死にかけている。ミシシッピ川の河口あたりの海は毎年「デッドゾーン(死の海域)」と呼ばれる酸欠状態になるが、科学者の予測によると、2019年は観測史上で最大規模に達するおそれがあるという。

 例年、春に雨が降ると、陸地の肥料や下水に含まれる養分がミシシッピ川に流れ込む。淡水は海水よりも軽いので、河口から海に出た水は表層近くにたまって循環を妨げる。養分を多く含む淡水層では藻類が大発生し、この藻類が死んで分解される際に大量の酸素が消費される。(参考記事:「有毒な藻の大繁殖、各地で増加のおそれ」

 そうしてできる低酸素の海では、生物たちは窒息して生きていけない。これがデッドゾーンだ。今年、メキシコ湾の大陸棚の上には、東京都の面積のおよそ10倍に当たる2万平方キロメートル以上ものデッドゾーンができると予測されている。

窒息する生態系

「酸素の濃度が2ppmを下回ると、移動できるエビ、カニ、魚はすべて逃げ出してしまいます。移動することができず、海底の沈降物の中で暮らしている動物は、ほぼ全滅する可能性があります」と、米ルイジアナ州立大学の海洋生態学者ナンシー・ラバレー氏は話す。

 エビなどの生物は、酸素を求めて沿岸域へ向かうことが多い。酸素が少ない場所にいるエビは、発育不良を起こしてあまり大きくならない。

 2017年には、デッドゾーンがメキシコ湾岸のエビ漁師に与える影響についての研究が発表されている。デッドゾーンが発生すると、エビの値段が下がり、地域経済への打撃となるという。

 デッドゾーンはメキシコ湾だけで起きている問題ではない。世界最大のデッドゾーンは、ヨーロッパのバルト海にある。バルト海のデッドゾーンでは、漁業が打撃を受けているだけでなく、ほとんどの海洋性動物が生存できない状態になっている。

 米国西海岸では、21世紀初頭以来、カリフォルニア州とオレゴン州のカニやカキの漁業団体が収益の低下を報告し続けている。毎年、酸素の少ない海水が広がることで、普通なら海底で獲れるはずの生物が大量に死んでいるという。

デッドゾーンの原因は1つではない

 今年のデッドゾーンが特に大きくなることについて、ラバレー氏は驚きではないと述べる。今春、米国中西部では、前例のない大雨に見舞われた地区が多く、海に流れ込む水の量が大幅に増加した。この大雨は、多くの農家に被害をもたらし、トウモロコシや大豆などを作付けできなかったところもある。

 これは同時に、畑にまかれた窒素やリンを多く含む肥料が、すべてミシシッピ川に流れ込んだということでもある。温暖化によって中西部で豪雨が増えることも予測されており、肥料の流出を防ぐのはさらに難しくなっている。(参考記事:「雨が増えて水質汚染が拡大する、最新研究」

「この問題を解決する最善の方法は、大元で使う肥料を制限することです」とラバレー氏は言う。「肥料に含まれる養分がいったん川に流れ込んでしまうと、それを効果的に取り除くことはできません」(参考記事:「化学肥料で“肥沃”になった地球の未来」

 ルイジアナ州立大学のユージン・ターナー氏は、ラバレー氏とともにデッドゾーンの広さの予測にあたっている。ターナー氏によると、管理の徹底でデッドゾーンを狭めることは可能だという。たとえば、輪作を行うことで土壌の健全性を維持し、肥料を減らす。また、作物をカバーで覆って土壌の流出を食い止めるなどだ。

 米海洋大気局でデッドゾーンについて研究している科学者のデビッド・シュレル氏は、デッドゾーンの拡大を肥料の流出のような一つの原因だけで説明するのは難しいと述べている。肥料の流出は、デッドゾーンを形成する大きな要因ではあるものの、下水や気象もデッドゾーンの大きさに影響しているという考えだ。(参考記事:「温暖化で「窒息」する海が世界的に拡大、深海でも」

 米国の農業団体ファーム・ビューローのドン・パリッシュ専務理事によると、肥料の流出対策はすでに進められていると言う。農家は、精密農業や人工知能によって必要な肥料を減らす取り組みを行っている。しかし、こうした技術は費用がかさむだけでなく、習得が難しいので、すべての農家で採用するのは難しいとも言う。

「科学的に見れば、デッドゾーンを狭めることはできるでしょう。しかし、政治的にそこにたどり着けるかどうかと言えば、まだ道半ばというのが実情です」

気候変動とデッドゾーンの関係

 現在、科学者たちが懸念しているのは、メキシコ湾の海水温上昇によって生物の窒息死が増える可能性だ。

「これは長期的な懸念です」とシュレル氏は言う。「実際にメキシコ湾で気候が変動すれば、状況が悪化することはほぼ間違いありません」

 単純なことだが、海水温が上昇すれば、水中に含まれる酸素の量は減る。また、温暖化により低酸素海域が世界的に拡大しているとする論文も昨年発表されている。気候変動によって米国中西部の降雨や洪水も増えると考えられており、そうなれば海に流れ込む肥料も増える。

 シュレル氏もラバレー氏も、メキシコ湾のデッドゾーンが気候変動によってすでに拡大していると断言するのは時期尚早と述べている。だが、デッドゾーンが将来的に拡大し、生態系にも影響を与えるだろうというのがラバレー氏の意見だ。

「メキシコ湾の原油流出事故のことは当然覚えているでしょう」とラバレー氏は言う。「デッドゾーンの問題は、何十年もの間に水滴がゆっくりと落ちるようにじわりじわりと変化した結果生じたものです。しかし、その影響はあの事故と同じく、重大です」(参考記事:「メキシコ湾流出原油、今なお生物に打撃」

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