人工肝臓で脂肪肝の再現に成功、医療への応用に光

iPS細胞から作成、増え続ける非アルコール性脂肪肝の研究

NATIONAL GEOGRAPHIC

文=Maya Wei-Haas/訳=ルーバー荒井ハンナ
(PHOTOGRAPH BY NATHANIEL LANGER, UPMC)

京都産業大学による見どころチェック!

実際よりも小さい人工肝臓。肝臓病の原因解明のヒントに

病気の肝臓を再現することで症状の早期発見にも役立つか

薬が不要な時代に向かって動き出す、新しい医学の常識

 見た目は人間の肝臓のようだが、本物より少し小さいその肉の塊は、ヒトの細胞から作られた人工の肝臓だ。実験室で作られたものとしては最も複雑な臓器だという。肝臓と言えば、消化を助け、有害な物質を解毒するなど、多くの重要な役割を担っている。(参考記事:「「汗をかいてデトックス」はウソだった、研究報告」

 研究チームが小さな臓器を作った目的は、病気にするためだ。その結果が、8月6日付けで学術誌「Cell Metabolism」に発表された。

 肥満が増えるにつれて、肝臓に脂肪が蓄積する非アルコール性の脂肪肝が増えている。悪化すれば、肝不全に陥る病気だ。米国だけでも、現在8000万~1億人の患者がいるものの、病気がどのように進行するのかはよくわかっていない。(参考記事:「震えるだけで脂肪が燃焼?」

 様々な病気の研究では、これまで動物が決定的な役割を果たしてきた。だが、動物と人間では、生物学的に異なる部分が当然ある。その壁を乗り越えようと、今回の研究では、ミニ肝臓が果たす大きな役割に焦点を当てている。(参考記事:「1型糖尿病根治に期待、人工ベータ細胞」

「人間の肝臓を人工的に作れれば、組織のゲノムを自由に操作して疾患を再現し、研究できます。これが、これからの医学になると思います」と、論文の筆頭著者で米ピッツバーグ大学医学部のアレハンドロ・ソト・グティエレス氏は述べている。

「肝臓病のモデルを作るために、機能性組織を作成する。それもまさに人間のものとして。とても賢いやり方です」と、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の肝臓研究者ジョー・セガール氏は話す。なおセガール氏は、この研究には関わっていない。

人工肝臓の作り方

 実験室で人工的に作られた臓器はオルガノイドとも呼ばれ、近年急速に普及している。脳、胃、食道など、どれも大きさ数ミリほどの塊で、本物の臓器よりも小さい。生物学や医学研究に大きな革命をもたらしたが、臓器機能をかなり単純化しているので、できることには限りがある。(参考記事:「【解説】人工子宮をヒツジで開発、ヒトに使える?」

 今回はなるべく通常の大きさに近い複雑な臓器を再現しようと、直径5~7.5センチほどのミニ肝臓を作ろうとした。そのためにまず、ヒトの皮膚細胞を採取し、薬で特定の遺伝子の活動を抑えられるよう、ゲノムに微調整を加えた。(参考記事:「生命を自在に変えるDNA革命」

 ターゲットにされた遺伝子は、肝臓に脂肪がたまるのを防ぐSIRT1だ。通常の人間の肝臓組織では、この遺伝子の活動を薬で抑えることはできない。

人工ミニ肝臓に酸素と栄養を供給する装置。これによって、病気がどのように進行するかを観察し、治療法の試せる。
(PHOTOGRAPH BY NATHANIEL LANGER, UPMC)

 チームは次に、皮膚細胞を初期化してiPS細胞を作成した。iPS細胞は体のどんな組織にでも成長できる細胞で、肝臓の細胞になるように誘導した。だが、これだけではまだ完全な臓器とはほど遠い。細胞が見慣れた肝臓の形になるには、何らかの構造が必要だった。そこで、ラットの肝臓が使われた。

 過去の研究から、ラットの肝臓を特殊な洗剤で洗浄すると、半透明の肝臓の枠組みだけが残ることがわかっている。これが構造を与えるだけでなく、さらに組織の維持と成長を促すシグナルも出るようになると、米ウェイクフォレスト大学医学部のシェイ・ソーカー氏は言う。

「そこがこの研究の優れている点です。ほかの研究と違って、足場も基質も必要としません」とソーカー氏。同氏はこの研究には関わっていないが、似たような研究を行ったことがある。

 研究者らは、この半透明の構造にiPS細胞から作られた肝臓の細胞を注入し、さらにマクロファージと呼ばれる免疫細胞や組織を助ける線維芽細胞など、人間の肝臓に存在する他の細胞も加えた。すると、3~4日でミニ肝臓が姿を現した。

 最後に、SIRT1の活動を抑える薬を1滴加えると、24時間後には肝臓に脂肪がつき始めた。

「実際に病気になる過程を見ることができました」と、ソト・グティエレス氏は言う。

小さな肝臓への大きな期待

 完成したミニ肝臓は、たまった脂肪も含めて病気を発症した人間の肝臓にとてもよく似ていた。そして何よりもソト・グティエレス氏が感心したのは、罹患した人間の肝臓にみられる50本の代謝経路のうち、41本が存在したことだ。

「幹細胞とミニ肝臓を使って、病気や肝臓の機能を実験室で本当に再現できるという希望を持たせてくれました」と、ソト・グティエレス氏。

 この研究が非アルコール性脂肪肝で最大の課題のひとつである早期発見に役立てられることを、研究者たちは期待する。今のところ、診断には組織検査が必要だが、体への負担が大きく、簡単にできるものではない。しかし、ミニ肝臓で病気の進行を研究できれば、もっと簡単な検査方法が見つかるかもしれない。

 だが、このシステムは完璧ではないことを、ソト・グティエレス氏は認めている。例えば、実際の肝臓病は遺伝子ひとつの発現を抑えれば再現できるほど単純ではない。また、実験室で作られた肝臓細胞が人間の体内と同じように機能するかも不明だ。これは、実験室で育てられた全ての臓器に言えることだと、セガール氏は付け加える。

「いまだに、体内と同じ環境を忠実に再現するのはとても難しいです」

 とはいえ、この研究は今後多くの病気の研究に希望を与えるものだ。そしていつの日か、人間と同じサイズの肝臓を作り、人体へ移植できるようになるかもしれない。今のところは、肝臓移植を受ける患者は拒絶反応を防ぐために薬を一生飲み続ければならないが、患者本人の細胞を使って作られた臓器であれば、拒絶反応の心配はないので薬も必要なくなる。

 それはまだ先の話だが、ソト・グティエレス氏は今後、より多くの遺伝子の影響を測り、もっと複雑な臓器を作って病気の研究をしたいとしている。

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