大気汚染で躁うつ病やうつ病に? 脳への影響は不明

精神疾患と大気汚染の関連示される、米国とデンマーク

NATIONAL GEOGRAPHIC

文=Sarah Gibbens/訳=ルーバー荒井ハンナ
(PHOTOGRAPH BY AMI VITALE, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

京都産業大学による見どころチェック!

うつ病は子ども時代に過ごした環境が大きく関係している

汚染度の高い地域の躁うつ患者数は全米平均より27%も高い

ストレスにさらされた脳に良い影響を与える「自然の力」とは

 大気汚染は深刻な健康被害をもたらす。世界保健機関(WHO)も、肺がんや脳卒中など命に関わる病気と大気汚染との関連を指摘している。そして、大気汚染がひどい地域では、躁うつ病(双極性障害)やうつ病(大うつ病性障害)が多かったという研究結果が、8月20日付けの学術誌「PLOS BIOLOGY」に発表された。(参考記事:「環境汚染で170万人の子どもが死亡、WHOが報告」

 米国の調査では、環境保護庁(EPA)のデータで大気汚染が最も深刻とされた郡で、躁うつ病が全米平均より27%、うつ病が6%高いことが明らかになった。

 とはいえ、米シカゴ大学の遺伝学者で論文の著者であるアンドレイ・ルゼツキー氏は、大気汚染が精神疾患を引き起こすことが証明されたわけではなく、リスクがやや高いかもしれない地域を示していると強調する。

 ロンドンや中国、韓国でも同様の調査が行われ、やはり汚染された地域と精神衛生との関連について同様の結果が得られている。(参考記事:「中国で消えた写真家、環境汚染を訴えていた 写真10点」

 そして、汚染度が高い米国の郡でも、神経学的疾患が多いことをこの論文は示しているとルゼツキー氏は言った。

1億5100万人のデータベース

 研究では、米国とデンマークのデータを分析した。

 まず、2003年から2013年の間に、米国で保険会社へ医療費の支払いを申請した1億5100万人の巨大なデータベースを使って、躁うつ病、うつ病、人格障害、統合失調症の4つの精神疾患について調べた。ほかに、てんかんとパーキンソン病もとりあげた。(参考記事:「睡眠リズムの乱れは心の乱れ、躁うつ病では顕著」

 次に、EPAの大気、水質、地質データを郡別に分析して、保険の申請件数が高い地域と汚染度が高い地域の重なりを調べた。すると、大気汚染と躁うつ病の重なりが最も大きかった。

 さらに米国の結果を裏付けるため、デンマークの研究チームと協力して、デンマークでの大気汚染の影響についても調査した。デンマークの方は地域別のデータではなく、子どもの頃に個人がどれくらい大気汚染にさらされていたかを調査したものだ。すると、米国の結果と同様、大気汚染に多くさらされていた人で、やはり躁うつ病とうつ病の率が高かったことが明らかになった。

「大気汚染と精神疾患が関連する可能性を示した過去の研究に、もうひとつ新たな証拠が加わりました」と、英ロンドン大学キングスカレッジの疫学者イオアニス・バコリス氏は言う。

 ただし、郡全体をひとまとめにしたデータには考慮すべき要素が多すぎて、大気汚染が躁うつ病やうつ病を引き起こしているとは結論付けられないとしている。なお、バコリス氏は今回の研究には参加していない。

イヌの脳ではダメージを確認

 大気汚染が脳に与える影響について現在のところわかっていることは、ほとんどがイヌや齧歯類(げっしるい)の調査結果から得られたものだ。2002年の研究では、自動車の排ガスなどによる大気汚染が野良イヌに与えた影響について調べ、肺、鼻腔、脳へのダメージが観察された。

「脳に、炎症に似た症状が見られました」と、ルゼツキー氏。「それが、うつ病のような症状としてイヌに現れていました」(参考記事:「動物は鬱になるのか」

 2018年に発表された北京の研究では、粒子状物質を吸引すると知能が低下し、言語と数学の試験の成績が下がるという結果が出ている。(参考記事:「大気汚染で認知能力が低下、年齢が高いほど顕著」

 論文を書いた張欣(チャン・シン)氏は当時、脳の白質という部分が大気汚染で損傷を受けているのではないかと述べた。

ストレスを受けた脳には自然を

 英国ロンドン大学キングスカレッジの研究者らは現在、大気の質が250人のロンドン市の子どもにどのような影響を与えているかを監視している。子どもたちは、ダイソン社製の大気モニターがついた通学用バックパックを使い、いつどこでどのぐらい大気汚染にさらされたかが記録される。

 市の関係者は、この情報を公衆衛生の改善に役立てたいと話している。

 精神医療の専門家にもぜひ、診療の際に環境のリスク要因を考慮に入れてもらいたいと、ルゼツキー氏も期待する。汚染のないきれいな環境で治療できれば「それに越したことはない」とルゼツキー氏。

 大気汚染と精神疾患の関係については、いまだ科学者らが解明に取り組んでいるところだが、自然のなかで過ごす心理的な効果はわかっている。それが手つかずの自然であろうと、整備された公園であろうと、ストレスにさらされた脳にいい影響を与えることが既に証明されている。(参考記事:特集「自然に癒やされる」

NATIONAL GEOGRAPHIC
日本版サイトへ

シェアする

関連する学び

あわせて読みたい記事

ジェンダー

トランスジェンダー 「救急外来で嫌な思い」、調査 「見世物になった」と感じる患者も、米国で対策始まる NATIONAL GEOGRAPHIC

キャンプ

標高5000mに出現する季節限定の街 エベレスト 世界最高峰の登山シーズンを迎えた、ベースキャンプの生活 NATIONAL GEOGRAPHIC

群れ

ライオン、群れの王はメス 映画と違う野生の掟 まるで実写の映画『ライオン・キング』。しかし現実のライオン世界は何もかも反対だ NATIONAL GEOGRAPHIC
記事一覧に戻る