欧州の謎の変形頭蓋骨、「民族の目印」だった?

5~6世紀の変形頭蓋骨を複数発見、初の東アジア系ルーツも

NATIONAL GEOGRAPHIC

文=Megan Gannon/訳=三枝小夜子
(PHOTOGRAPH BY M. CAVKA, UNIVERSITY HOSPITAL DUBRAVA, ZAGREB)

京都産業大学による見どころチェック!

変形頭蓋はアイデンティティのひとつ?民族大移動時代の特殊な風習

変形頭蓋から特定されたのは全く異なる遺伝子背景だった

過去2000年間のDNA分析が、民族大移動時代の歴史を解き明かす

 ローマ帝国崩壊後の欧州には、ゴート族やフン族などの異民族が進出してきた。いわゆる「民族移動時代」(西暦300~700年頃)である。この時代の遺跡からは、人為的に変形させた跡がある頭骨が見つかっているが、この風習は、自らのアイデンティティを表明する極端な方法の1つであった可能性がある。考古学者は今、DNA分析によってこの謎を解明しようとしている。

 考古学者たちは最近、クロアチア東部のヘルマノブ・ビノグラード遺跡で、10代の少年の遺体が3体埋められた奇妙な墓穴を発見した。少年たちが埋葬されたのは、西暦415~560年の間だったと推定されている。

 3人の少年のうち2人は、頭蓋が人為的に変形させられていた。だが8月21日付けで学術誌「PLOS ONE」に発表された論文によると、さらに興味深い事実がDNA分析によって明らかになったという。同じ墓穴に埋葬されていた3人の少年は、互いにまったく異なる遺伝的背景をもっていたのだ。

 DNA分析からは、祖先の出身地がわかる。頭蓋変形を施されていない少年の祖先は、西ユーラシア出身だった。一方、高く伸ばされているがまだ丸みのある頭蓋の少年は、近東出身の祖先をもっていた。そして、極端に長く伸ばされた頭蓋をもつ少年の祖先は、主として東アジアの出身であることがわかった。

「DNAの分析結果が出たときには、とても驚きました」と、クロアチア、ザグレブにある人類学研究所の助教で論文著者であるマリオ・ノバク氏は語る。「欧州のこの地域には多様な人々が住んでいて、密接な交流があったことは明らかです。もしかすると頭蓋変形は、見た目で特定の文化的集団のメンバーであることがわかるように行っていたのかもしれません」(参考記事:「世界最古の聖地で頭蓋骨を崇めた証拠見つかる」

 乳幼児の頃に頭を締め付けて頭蓋骨を変形させる風習は、少なくとも新石器時代から世界各地の文化圏で行われていた。欧州の頭蓋変形について研究してきた英ケンブリッジ大学の歴史考古学者スザン・ハーケンベック氏は、欧州では、この風習は紀元2~3世紀に黒海沿岸で始まり、5~6世紀にピークに達し、7世紀末に廃れたという。なお氏は今回の研究には関わっていない。

 ノバク氏によると、クロアチアではヘルマノブ・ビノグラード遺跡以外の場所でも、人為的に変形させられた頭蓋が10点以上発見されているが、それらについての科学的な研究論文はまだ発表されていないという。

少年はフン族だったのか?

 以前から、中欧に頭蓋変形の風習をもたらしたのは、フン族という、東アジアからやってきたとも言われる遊牧騎馬民族の連合体なのではないかと考えられてきた。ノバク氏らは、今回の発見はこの説を裏付けるものだと考えている。(参考記事:「1700年前の楽器「口琴」を発見、今でも演奏可能」

クロアチア東部のオシイェク近郊、ヘルマノブ・ビノグラード遺跡の航空写真。(PHOTOGRAPH BY B. ROZANKOVIC, KADUCEJ LTD.)

 「DNAの分析により、東アジアの人々がいたことを示す物理的・生物学的証拠が初めて手に入ったのです。欧州のこの地域であれば、おそらくフン族でしょう」とノバク氏は話す。(参考記事:「欧州人の遺伝子、形成は旧石器時代か」

 しかし、フン族の故郷をめぐっては考古学者の間で論争が続いている。フン族の出自は東アジアではなく黒海の北だったと主張する学者もいる。

 また、遺伝学的データだけでは、過去に生きていた特定の個人(例えば、今回ヘルマノブ・ビノグラードから出土した、最も引き伸ばされた頭蓋の持ち主)をフン族と証明することもできない。この点はノバク氏も認めている。

「DNAに基づいて、この人物が東ゴート族だったかフン族だったかがわかるなど言うつもりはありません」とノバク氏。「民族については、自分のことをどの民族だと思うかという主観的な要素も大きいのです」。フン族は文字をもたなかったため、彼らの考えていたことをうかがい知るのはほとんど不可能だ。

 欧州とユーラシアで発見された変形頭蓋の分布を調べたことがあるハーケンベック氏は、この風習をフン族だけに結びつけることはできないと考えている。「必ずしも歴史的に証明されたわけではありませんが、この風習はユーラシアの大草原地帯との関係を通じて欧州に入ってきた可能性が高いと思います」と彼女は言う。「フン族もこれに貢献したでしょうが、彼らだけではなかったはずです」

「もっと驚くべき物話がこれから見つかるでしょう」

3人の少年が一緒に埋葬された経緯も謎のままだ。ヘルマノブ・ビノグラードは新石器時代の大規模集落の遺跡(紀元前約5000〜4000年頃)であり、近くに民族大移動期の集落の遺跡はない。少年たちが埋葬されていた墓穴は1回限りのもので、大規模な集合墓地の一部ではなく、遊牧民のコミュニティーか別の場所に住んでいた人々の集団と関係があるのかもしれないとノバク氏は言う。

右はヘルマノブ・ビノグラード遺跡の墓穴の発掘初期の様子で、動物の骨が見える。左は発掘後期の様子で、人間の遺骨が露出している。(PHOTOGRAPH BY M. CAVKA, UNIVERSITY HOSPITAL DUBRAVA, ZAGREB)

  少年たちは、亡くなるまでの数年間は3人とも似たようなものを食べていて、しばらくの間、同じ場所で暮らしていた可能性がある。遺体は馬や豚の骨と一緒に埋葬されていた。死因は不明だ。部分的に残った骨格からは暴力による死を思わせる痕跡はないものの、研究者らは、少年たちが何らかの儀式のために殺されたか、短期間で死に至る疫病などで死亡した可能性があると考えている。

「サンプル数の小ささには気をつけなければなりません。たった1つの墓地であり、情報も多くありませんから」と米ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校の遺伝学者クリシュナ・ビーラマー氏は言う。「それでも、埋葬された少年たちの多様性には興味深いものがあります」

 ビーラマー氏らは、民族移動時代に現在のドイツ南部に埋葬された、頭蓋変形を施された女性たちの研究結果を2018年に発表している。この女性たちも、東アジア由来である可能性のある遺伝子を含め、遺伝学的に非常に多様だった。これを説明する1つの仮説は、頭蓋変形を施された女性たちが、婚姻により西に移動してきたというものだ。ハーケンベック氏によると、欧州と西ユーラシアで発見された変形頭蓋の男女比は、2対1で女性のほうが多いという。(参考記事:「中世ドイツの謎の変形頭蓋骨、異民族の花嫁だった」

 ノバク氏は、もっとサンプルが集まれば、頭蓋変形を行っていた人々がどこから来たかがより正確に明らかになるとともに、特定の文化的集団との結びつきを表す目印だったという説が正しいかどうかがわかるだろうと話す。

 この20年ほどの間、古代人のDNAはたくさん分析されてきたが、頭蓋変形を含め、欧州の民族大移動期のDNAはあまり分析されていない。今回の論文の別の著者であるオーストリア、ウィーン大学のロン・ピンハジ氏はそう説明する。

 遺伝学的データについては、「1500年前に欧州で起きたことより、5000年前の欧州で起きたことのほうが、はるかに詳細に解明されています」とピンハジ氏は言う。だがそうした状況は変わりつつあり、過去2000年間のDNAサンプルの分析結果がもっと出てくるようになるだろうと氏は考えている。(参考記事:「古代南欧で謎の「男性大量流入」、DNA調査で判明」

「もっと驚くべき物語がこれから続々と見つかるでしょう」とピンハジ氏は言う。「それらをつなぎ合わせると、民族大移動についての理解は、今とはまったく違ったものになるかもしれません」

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