北極にプラスチックが集まっている、なぜ?

海氷から数多く検出されるマイクロプラスチック、空からも降ってくる

NATIONAL GEOGRAPHIC

文=CHERYL KATZ/訳=三枝小夜子
(PHOTOGRAPH BY LAWRENCE HISLOP)

京都産業大学による見どころチェック!

気流にのって空を移動し、雪として降る小さなプラスチックの存在

鳥や魚、貝に影響を与えるマイクロプラスチック。より微小なものも

最悪レベルのプラスチック汚染地で人は生きられるか

  ここは北極圏のグリーンランド海。ノルウェー極地研究所の研究者であるインゲボルグ・ハランガー氏は、氷の上でプラスチックを採取している。

 私たちはグリーンランド北東の浅い海岸に固着した「定着氷」の上に立っている。見渡すかぎり続く白く平らな氷の上には、氷が解けてできた青い水たまりとクモの巣のようなひび割れがあちこちに見える。

 ハランガー氏は、厚さ1メートルほどの氷にあけた穴をのぞき込み、氷の下の海水へホースを下ろす。調査チームのほかのメンバーはライフルを持って周辺をパトロールしている。ホッキョクグマが現れたら、近くの船に退避するためだ。ハランガー氏はポンプのスイッチを入れ、海水をろ過しはじめた。

 大都市から何百キロも離れたこの場所が、地球上で最悪レベルのプラスチック汚染地になっている。研究によると、この地域の海洋マイクロプラスチックの濃度は、有名な5カ所の海洋ごみベルトの濃度より高い。最近では、空気中のマイクロプラスチックが雪と混ざって極北に降り積もっているとする報告もあった。(参考記事:「太平洋ゴミベルト、46%が漁網、規模は最大16倍に」

 生態毒性学者であるハランガー氏は、合成物質が、氷のそばに暮らす生物たちに及ぼす影響を解明しようとしている。

「氷にそれほど多くのプラスチックが含まれているというのが本当なら、氷の中や下にすむ生物は、海の中で最も汚染された場所にすんでいることになります」と彼女は言う。

プラスチックは北へ

 ハランガー氏が研究を行っているグリーンランド東部と、ノルウェーのスバールバル諸島に挟まれたフラム海峡には、複数の海流が集まっている。最近の研究によると、この海峡で、海氷1リットルあたり1万2000個以上のマイクロプラスチック粒子が見つかっている。汚染された都市の沖に浮かぶマイクロプラスチック粒子に匹敵する密度だ。さらに、フラム海峡の海氷に積もった雪からは、1リットルあたり1万4000個ものマイクロプラスチック粒子が検出されている。

  フラム海峡だけではない。科学者たちは、カナダの北からシベリア沖まで、北極圏の広い範囲でマイクロプラスチックを確認し、その理由を明らかにしはじめている。北極海の海底のいくつかの場所で測定されたプラスチック粒子の数は世界最多レベルだったし、北極の動物の体からもプラスチックは見つかっている。なかでも多いのが鳥だ。フルマカモメはプラスチックを集める磁石のようになっている。(参考記事:「魚を育む「潮目」に大量のマイクロプラスチック」

「私たちが過去30年間に北極地方全域で調べてきたフルマカモメのすべての群れが、体内にプラスチックを含んでいました」と、カナダ野生生物局のジェン・プロベンシェル氏は言う。

  科学者の見積もりによると最大で毎年1270万トンものプラスチックごみが海に捨てられていて、海洋プラスチックごみは今や世界的な問題になっている。けれども北極の海では、マイクロプラスチックが多く集まっていることに加えて、過酷な環境や限られた食物網、近年の気候変動のため、動物たちが特に影響を受けやすい。

「私たち人類は、この環境に生きる動物たちに、ますます多くのストレスをかけています」とハランガー氏は言う。彼女は北極地方の鳥やキツネがマイクロプラスチックにさらされる量や経路、影響を調べている。「これがとどめの一撃になる可能性もあります」

  ノルウェー極地研究所の研究砕氷船クロンプリンス・ハーコン号に戻ったハランガー氏と私は、簡単な実験をすることにした。まだ誰も歩いたことのない氷の上から解けた水を採取して、フィルターに引っかかったものを顕微鏡で観察するのだ。

 フィルターのあちこちに、マイクロプラスチックの定義に合う大きさの、赤や青や黒の物質が引っかかっていた。そのほとんどが化学繊維で、プラスチックの破片も少し混じっていた。

 北極のこうしたプラスチックは、どこから来て、どのようにして入り込んだのだろうか?

移動するプラスチック

  オランダ、ユトレヒト大学の海洋学者エリック・ファン・セビル氏は、海洋のプラスチックごみの移動経路の地図を作っている。北方の海には非常に多くのごみがあり、彼はノルウェーとロシアの北のバレンツ海で、新たなごみベルトが形成されつつあるのを発見した。ごみの多くはヨーロッパ北西部と北米東海岸から来ているようだ。

 ファン・セビル氏は、プラスチックは北極海の南端付近で蓄積すると考えている。大西洋を北に向かう海水がここで冷えて沈むことで、大西洋南北熱塩循環(Atlantic Meridional Overturning Circulation:AMOC)という強力な海流システムが発生するが、プラスチックは水に浮くので、その場所に残るというわけだ。

 さらにファン・セビル氏は、海洋プラスチックは「ストークスドリフト」という波によっても極地へ運ばれることを発見した。海洋プラスチックの見積もりに用いられるモデルのほとんどがストークスドリフトの影響を考慮していないため、実際には北極に蓄積するプラスチックの量はかなり多くなる可能性があると彼は言う。(参考記事:「深海底に大量のマイクロプラスチックが集積、研究」

 海氷も、大量のマイクロプラスチックを北極地方に運んでいき、そこに蓄積させている。しかし、現在のように速いペースで氷が解けていると、貯蔵は一時的なものになるだろうと、ドイツ、アルフレッド・ウェゲナー極地海洋研究所の海洋生物学者イルカ・ピーケン氏は言う。

  環境の変化が北極海の海氷にすむ生物に及ぼす影響を調べているピーケン氏は、氷の中に17種類のプラスチックを発見した。その半分を、包装材、ボトルのキャップの破片、塗料、ナイロン、ポリエステル、およびタバコの吸い殻に由来すると思われるものが占めていた。ナイロンと塗料は北極海の漁具や船などから来ている可能性があるが、包装材やボトルのキャップなどは遠方から来た可能性が高いという。

 今、新たな研究により、マイクロプラスチックは気流にのって空を移動し、プラスチックを含んだ雪として北極地方に降ってくる可能性が示唆されている。論文著者であるアルフレッド・ウェゲナー極地海洋研究所の海洋生態学者メラニー・バーグマン氏は、こうしたほとんど目に見えない微小な粒子は、水中に入るだけでなく、呼吸によって体内に取り込まれることもあると指摘する。

フラム海峡の海氷には、都市の沖合と同じくらいの量のマイクロプラスチックが含まれている可能性がある。(PHOTOGRAPH BY LAWRENCE HISLOP)

恐ろしい可能性

  プラスチック汚染が北極の生態系に及ぼす影響についてはあまり明らかになっていない。北極評議会が最近発表した海洋ごみに関する報告書によると、マイクロプラスチックは、鳥のほかに、数種の魚の胃や、貝、カニ、深海のヒトデなどからも発見されているという。

 ただし、実験ではマイクロプラスチックへの暴露により魚の行動に変化が生じるなどの悪影響が報告されているものの、実際の動物集団への健康被害は今のところ調査、確認されていない。(参考記事:「マイクロプラスチックを好んで食べるサンゴ」

 しかしハランガー氏は、実験室での研究により、マイクロプラスチックがさらに細かくなったナノプラスチックと呼ばれる破片は、細胞壁さえ通過できることがわかっていると指摘する。だとしたらそれは、脳や胎児にも侵入するかもしれない。

 プラスチックが食品に混入する可能性は、この地域でも大きな懸念となる。食物網のベースとなる小さな生物が食べたマイクロプラスチックは、これらの生物が徐々に大きな生物に食べられることで「生物濃縮」され、最終的に人間の口に入るだろう。(参考記事:「人体にマイクロプラスチック、初の報告」

 実際、人間はプラスチックを食べている。最近の研究によると、米国人は1年間に5万2000個ものプラスチック粒子を食べたり飲んだりしていて、呼吸によって体内に入るプラスチック粒子も加えると、その数は12万1000個に跳ね上がるという。(参考記事:「あなたは既に大量のプラスチック片を食べている」

 しかし、北極地方はほかの場所とは事情が違う。プラスチック汚染はここでは特に大きな問題になる。なぜなら北極地方に住む人々の多くは、食物についても文化的にも海洋生態系にほぼ完全に依存しているからだ。

  米国海洋大気局(NOAA)海洋ごみプログラムのアラスカ地域コーディネーターであるピーター・マーフィー氏は言う。「アラスカの沿岸部や島々の先住民の暮らしが本当に心配です。彼らは、周辺の土地と水から多くのカロリーを摂取しているからです」(参考記事:「ついに村ごと移転開始、永久凍土融解で、アラスカ」

 これまでのところ、食物網によるプラスチックの生物濃縮や、シーフードを食べる人へのリスクに関する明確な証拠はない。けれどもまもなく、北極地方のプラスチック汚染とその影響を監視する大規模な取り組みが新たに始まろうとしていて、ハランガー氏らも参加することになっている。

 北極地方を研究する科学者たちは、地球上のいたるところにあるプラスチックの影響については、まだわからないことが多いと言う。

 ハランガー氏は船上から氷塊を眺めながら、「本当に、わからないことばかりです」と言った。氷塊の上空では、鳥たちが魚を探して飛び回っていた。

「これが地球規模の問題であることを示すのに、北極は非常に良い場所です」と彼女は言う。「この問題については地球規模の取り組みが必要です」

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