聖書の「悪役」、実は巡礼道を造っていた? 研究

イエスの処刑を認めたピラト総督、神殿への階段を建造か、異論も

NATIONAL GEOGRAPHIC

文=ANDREW LAWLER/訳=北村京子
(PHOTOGRAPH BY SIMON NORFOLK, NATIONAL GEOGRAPHIC)

京都産業大学による見どころチェック!

古代エルサレムを巡礼と旅の名所に変貌させた意外な人物

悪役ピラトがエルサレム建設に尽力したのは善意か企みか

ローマ支配下のユダヤ。幹部がローマ当局に協力していた可能性も

  ポンテオ・ピラトは、キリスト教徒とユダヤ教徒から大いに嫌われている。理由のひとつは、紀元30年頃に行われたイエスの処刑において、彼が重大な役割を果たしたからだ。また、その冷酷な支配は、およそ40年後にユダヤ人がローマ帝国に対して蜂起したユダヤ戦争につながった。

 ところが最新の調査によると、ローマ帝国各地からの旅人やユダヤ人巡礼者を数多く惹きつけたエルサレムの整備に、ピラトがかなりの時間と金銭を費やしていたという研究結果が、10月21日付けの学術誌「Tel Aviv: Journal of the Institute of Archaeology」に発表された。

 考古学者らは、エルサレムの城壁のすぐ南にあるパレスチナ人居住区の地下にトンネルを掘り、「神殿の丘」のふもとへと続く階段状の道の下を発掘した。神殿の丘とは、古代にはエルサレム神殿が立ち、現在は複数のイスラム教の聖地がある神聖な場所だ。(参考記事:「エルサレムで古代ギリシャの城塞を発掘」

 この堂々たる造りの道は500メートル以上にわたり、幅は約8メートルで、およそ1万トン分の石灰岩の平板で造られている。「おそらくは一度の計画で一気に作られたものでしょう」と語るのは、調査を率いたイスラエル考古学庁の考古学者ジョー・ウジエル氏だ。

ヘロデ大王か、ピラト総督か

  歴史家らは長い間、大々的な建築事業によって古代エルサレムを巡礼と旅の名所に変貌させたのは、紀元前4年頃に死去したヘロデ大王だと考えてきた。ところが、階段状の道の下から見つかった100個以上の硬貨を分析したところ、工事の開始も完了も、紀元26〜27年頃から約10年間続いたピラトの治世下であったことが判明した。(参考記事:「ヘロデ王 波瀾万丈の生涯」

 敷石の下から見つかった硬貨のうち、最も新しいのは紀元31年頃のものだった。当時のエルサレムで特に多く流通していた硬貨は、紀元40年以降に鋳造されたものだ。「通りの下に紀元40年以降の硬貨が存在しないということは、つまり、この道はピラトの時代に造られたということです」。イスラエル考古学庁の硬貨の専門家であるドナルド・アリエル氏はそう述べている。

  ピラトはローマ皇帝ティベリウスによって派遣されたユダヤ属州の総督であり、現代の著述家らは、彼が偶像を禁じるユダヤの教えを無視したり、神殿の資金を水道の建設に流用したりしたせいで、人々の怒りを買ったとしている。

 ピラトが道を建造したのは、「エルサレムの人々の怒りを和らげるためだったかもしれません」と、論文の筆頭著者であるテルアビブ大学の考古学者ナション・スザントン氏は述べている。「同時に、大規模な建築計画の実施によって自らの名声を高めるという目的もあったでしょう」

 新約聖書の福音書には、ピラトがイエスの処刑を認め、イエスは磔(はりつけ)にされたと記されている。ユダヤ戦争に参戦したユダヤ人歴史家ヨセフスによると、ピラトは、ユダヤ属州の北に住むサマリア人への攻撃を機に失脚し、面目を失ってローマに帰還した。(参考記事:「死海文書の謎に新説が浮上」

キリスト教の伝承によると、ローマ人総督ポンテオ・ピラトはイエスを尋問し、その処刑を認めた。(PHOTOGRAPH BY CHRONICLE, ALAMY)

  紀元70年には、ローマ軍がエルサレム神殿を含め街を破壊したことにより、道は瓦礫の下に埋もれた。敷石の多くはその後、他の建築事業に再利用された。

 エルサレムにあるW・F・オルブライト考古学研究所所長のマシュー・アダムズ氏は、今回の調査結果は、ローマがユダヤ属州を直接支配していた時代についての知見をもたらすものだと述べている。「これはまた、ローマ当局とユダヤ教の幹部がある程度協力していたことを示す証拠でもあります」。既存の資料は、ローマとユダヤ人の間の緊張関係を強調するものが大半だと、アダムズ氏は言う。(参考記事:「いにしえの聖書はプライスレス、真贋問わず高騰中」

「年代には疑問があります」

  一方、米ノースカロライナ大学チャペルヒル校の考古学者ジョディ・マグネス氏は、今回の論文に懐疑的だ。「現地で発見されている証拠は、どこからでも手押し車で運んできて埋めてしまえるような代物です。ですから、年代には疑問があります。ピラトが建造を指示したというのはありえることですが、それは唯一の可能性でも、最も見込みの高そうな可能性でもありません」

 マグネス氏はまた、道を発掘する手法についても批判している。発掘チームが採用している手法は、地表から掘り下げるのではなく、地下鉄ほどのサイズのトンネルを掘るというものだ。「これでは状況をつかむことができません。道の上や脇に何があるのかが見えないからです。こうしたやり方はとうてい受け入れられません」

 ウジエル氏は、現場は人口が密集しているためにトンネルを掘る以外に選択肢はなく、また地層に含まれる情報は、慎重にやれば収集できると強調している。

 この取り組みには「ダビデの都市財団」というユダヤ系の組織が資金の大半を提供しており、調査の場所や手法に関しては各国から批判が寄せられている。東エルサレムの該当地域にいるパレスチナ人からは、掘削調査によって住宅や仕事が受ける被害についての苦情が出ている。また、ユダヤ史の中でも特によく知られた時代が研究の対象であることが、あつれきを生んでいる側面もある。パレスチナ当局は、このトンネルは世界の大半が非占領地であると認識している東エルサレムを「ユダヤ教化」する計画の一貫だと掘削を強く非難している。

2019年6月、多くの議論の的となっている東イスラエルの発掘現場で行われたセレモニーでスピーチをするデビッド・フリードマン駐イスラエル米大使。(PHOTOGRAPH BY TSAFRUR ABAYOV, AFP/GETTY)

  2019年6月に行われたトンネルの一部の公開セレモニーにおいて、デビッド・フリードマン駐イスラエル米大使は、そうした懸念を一蹴した。このプロジェクトは「証拠、科学、考古学的研究によって、多くの人がすでによく知っている事実を裏付けるものです。その事実とはつまり、エルサレムはユダヤの人々にとって非常に重要である、ということです」

 もしその科学的な調査結果が正しければ、数々の聖地と見事な建築によってエルサレムが帝国全土にその名を轟かせた背景には、ある嫌われ者のローマ人の尽力があったということになる。

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