世界で一番孤独な木の物語、ニュージーランド

「絶滅は確実」とされた、世界に1本しかない木、復活を目指す科学者の奮闘

NATIONAL GEOGRAPHIC

文=DUSTIN RENWICK/訳=米井香織
(PHOTOGRAPH BY BRADLEY WHITE, MANAAKI WHENUA)

京都産業大学による見どころチェック!

絶滅寸前の木を蘇らせた、ある成分の存在

種子の数を4000にまで膨らませた、研究者の粘り

さらなる繁栄のために求められる守られた環境とは

  ニュージーランドの北端から約60キロの海に浮かぶスリー・キングズ諸島に、「世界で最も孤独」と言われる1本の木がある。見つかってから70年のときを経て、この木はついにその肩書きを失うかもしれない。朗報だ。

 科学者と先住民マオリの一部族、ンガティ・クリ族から成るチームが、最近、保全に向けた調査を終えてこの島から戻ってきた。また、ンガティ・クリ族のメンバーは2019年、カイコマコの苗木80本をニュージーランド本土に植えた。

 こうした進展が見られたのは、2つの重要な問題に向き合ったからだ。受粉相手のいない木をどうやって救うのか、その仕事を誰が担うかだ。

ヤギの導入と実をつけない木

  カイコマコの木の物語は、その故郷の物語とよく似ている。困難かつ、幸運に恵まれた物語だ。

 1945年、スリー・キングズ諸島(マオリ語でマナワタウィと呼ばれる)の最も大きな島で、野生のカイコマコの木が1本発見された。最も大きな島といっても面積は4平方キロほど。このカイコマコは、完全に独りぼっちだった。(参考記事:「ギャラリー:はるばる訪れる価値がある、世界の象徴的な木 19選」

 責任はヤギにある。

 1889年、難破船の乗組員と思われる人が、食料源として4頭のヤギを島に持ち込んだ。ヤギはどんどん増え、1946年に外来種として根絶されるまでに100倍にも膨れ上がっていた。

 ヤギたちは島の植物を食べ尽くし、複数の種が絶滅に追い込まれた。だがカイコマコは、ヤギがいた一帯より200メートルほど高い岩だらけの急斜面に生えていたため、生き延びた。

 カイコマコを貴重な植物と考える科学者もいた。1度の大嵐で消滅しかねない、ニュージーランドの遺産だと。その一方で、カイコマコが本当に「孤独」かどうかを疑問視する科学者もいた。どこにでもある木の1本が辺境に生えているだけで、特に気に掛ける必要などないと。

 分類に関する議論が何十年も続き、最終的にこのカイコマコはPennantia baylisianaという固有種であると結論づけられた。Pennantia baylisianaと近縁のカイコマコは、雌雄異株、つまり、雄花をつける個体と雌花をつける個体に分かれている。これは、個体数が1つしかない木にとっては解決不可能な問題だ。

「この個体は特殊だったのです」と、かつてオークランド近郊で園芸店を営んでいたジェフ・デイビッドソン氏は語る。

  スリー・キングズ諸島のカイコマコは雌株だが、花粉を形成する雄花をつける。科学者たちはこの雄花で自家受粉が実現するのではないかと考えた。しかし、カイコマコがあまりに希少なため、状況は難しかった。科学者たちは数年に一度しか島を訪問できず、研究の助けとなるのは、この孤独な木の一部をニュージーランド本土で挿し木した、数本の試料のみだった。

 菌類の研究者だったロス・ビーバー氏はしばしば、昼休みの散歩中に挿し木を見に行った。この挿し木は成木になり、白い花を咲かせたが、すべて実をつけずに花は枯れてしまった。

 実をつけなければ、種子はできず、新しい木は生えない。

科学者のロス・ビーバー氏が試行錯誤の末、野生に唯一残されたカイコマコ(学名Pennantia baylisiana)の挿し木を繁殖させることに成功した。(PHOTOGRAPH BY BRADLEY WHITE, MANAAKI WHENUA)

自由な発想から生まれた成果

  ビーバー氏は好奇心をかき立てられ、調査を開始した。

「ロスは、短絡的な発想を実行に移しました」。デイビッドソン氏は、2010年に死去した友人ビーバー氏について、このように振り返る。

 ビーバー氏は、水と栄養を一房の花に集中させようとした。

 試行錯誤の末、ビーバー氏は1つの方法を見つけた。植物の成長ホルモンの働きを真似した除草剤だ。除草剤の効果は弱く、貴重な植物に害が及ぶ心配はない。しかし、花粉粒の硬い外側を溶かし、受粉を助けることができる。その後ホルモンは、受精した実が発する初期の信号を増幅して木に伝える。もっとこちらに注意してほしいとメッセージを送るようなものだ。

 カイコマコはこのメッセージに応じ、成熟した実をつけるのに十分な生殖エネルギーを放出した。実の直径は1.25センチほどで、生育可能な種子が一つずつ入っている。

「1人の科学者の、型にとらわれない自由な発想から生まれた成果です」とデイビッドソン氏は評価する。

 1980年代から1990年代初頭にかけて、デイビッドソン氏とビーバー氏は種子から6本の苗を栽培した。デイビッドソン氏は自身の園芸店でカイコマコの販売を開始し、利益の一部を自然保護団体に寄付した。デイビッドソン氏は購入者に、カイコマコが花を咲かせたら連絡してほしいと頼んだ。

「成熟した雄株が手に入ると思って、期待していました」とデイビッドソン氏は話す。

 しかし、雄株は一向に現れなかった。新しい木はすべて立派だが、絶滅を回避するための直接的な保険にはならない。島に野生の木を定着させるしか手はなかった。

小さな勝利

  種子が得られたことで、2005年、ついに政府の回復プログラムが始動した。目的は、最悪の事態に備えることだ。

 植物学者のピーター・デ・ラング氏がニュージーランド環境保全省の科学者として、植物の保護を専門とするレンジャー、ジャニーン・コリングス氏と連携することになった。本土から害虫や病気が持ち込まれないよう、2人は計画案をつくった。1840年代にアイルランドでジャガイモ飢饉(ききん)を引き起こした土壌病原菌も阻止しなければならない。

「もし失敗すれば、島固有の植物の大量絶滅を招くことになります。誰かが汚染されたすきや靴を持ち込んだら終わりです」

1969年、ニュージーランドの沖合の島々を対象に、保全状況の評価が実施され、マナワタウィに自生する孤独なカイコマコは「確実に絶滅する」と判定された。しかし、科学者のロス・ビーバー氏と園芸店の経営者のジェフ・デイビッドソン氏が6本の実生苗を栽培し、何千もの種子を採取したことで、カイコマコの運命は変わった。写真はそうした種子の一つを拡大したものだ。(PHOTOGRAPH BY BRADLEY WHITE, MANAAKI WHENUA)

  デイビッドソン氏が懸命に苗木を育てたおかげで、カイコマコの種子は4000まで増えていた。研究者たちはすべての種子を消毒し、冷蔵庫に詰め込んだ。スリー・キングズ諸島に上陸するまで貨物に触れないよう、細心の注意が払われた。

「大量の種子を放り込み、さあ出発というわけにはいきませんでした」とコリングス氏は話す。「その方がはるかに楽ですが、適切なやり方ではありません」

 カイコマコが繁栄しそうな場所を探すため、コリングス氏らは島全体を区画に分けた。断崖絶壁の浅い土壌が最適な生息環境とは考えられなかったためだ。孤独なカイコマコは単に、ヤギたちにかみ砕かれるのを免れただけだ。

 2012年までに、チームは小さな成功を65回重ねた。また、公平な自然保護を実現するため、地元のマオリであるンガティ・クリ族に500の種子を提供した。

マオリの人々とともに

  マオリの間では、故郷アオテアロア(ニュージーランド)を最後に振り返るため、死後のワイルア(魂)はマナワタウィ(スリー・キングズ諸島)に渡ると信じられている。マナワタウィはそうした世界観の重要な要素であり、カイコマコもその一翼を担う。

 シェリダン・ワイタイ氏によれば、政府当局は数年前まで、島の管理などマオリ部族による伝統的な慣習を維持することを阻止していたという。ワイタイ氏はンガティ・クリ評議会の事務局長として、ンガティ・クリ族と政府の橋渡しを行っている。

 カイコマコは「人生の一部です」とワイタイ氏は話す。「種が失われることは、私たちの歴史や文化の一部が失われることを意味します」

  西洋人は繊細な島の生態系にヤギを導入し、最後のカイコマコから枝を盗んだ。そして、不公平な年月が長すぎたとはいえ、その後の科学活動が「タオンガ」を守った。タオンガとは、マオリ語で貴重な資源や宝物を意味する。(参考記事:「テ・ワイコロププ、手つかずの河川」

 だからこそ、ンガティ・クリ族は科学者たちを招き入れ、総合的なアプローチを構築するという決断を下した。「私たちは彼らに、私たちの土地から奪い去った知識を共有しないのであれば、私たちの陸や海で行われる研究に協力する気はないと伝えました」とワイタイ氏は振り返る。

 現在、ンガティ・クリ族はスリー・キングズ諸島を環境保全省と共同管理している。

「私たちが主導し、彼らがそれを可能にしてくれています」とワイタイ氏は説明する。

 ンガティ・クリ族は植物学者などの専門家とともに、最適な生息環境の選定、野生のカイコマコをスリー・キングズ諸島に再び繁茂させるための計画に取り組んでいる。2019年10月には初めて、先住民の主導による島の視察が実現した。

 現在のところ、何世代もそうだったように、孤独なカイコマコにはまだ伴侶がいない。しかし、以前と変わったこともある。海の向こうの本土に大勢の仲間が待っていることだ。

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