米国で有毒物質を
最も多く排出する意外な街

自給自足の伝統的な暮らしを脅かす鉱山による汚染

NATIONAL GEOGRAPHIC

文=Justin Nobel/訳=三枝小夜子
PHOTOGRAPH BY KATIE ORLINSKY, NATIONAL GEOGRAPHIC

京都産業大学による見どころチェック!

自給自足の村に何が起こったのか

産業や雇用の代償とは

多国籍企業の思惑と、地域の人々の未来

 極北の街コッツビューは、米国アラスカ州の北極圏、チュクチ海の入江に位置する。街には「ヌラグヴィク・ホテル」というホテル、数軒のB&B、いくつかの教会とメキシコ料理を出すレストランがある。3500人の住人の約70%が「イヌピアト」という先住民で、伝統を強く残した生活を営んでいる。

 住民の多くはできるだけ自給自足の生活をしようとしていて、海でアザラシを獲ったり、ツンドラの大地でガンやライチョウ、ヘラジカ、カリブーを獲ったりしている。ちなみにこの辺りのカリブーは、最近の調査で25万9000頭が確認されたアラスカ最大の集団だ。

 ただし、コッツビューにはもう一つ、あまりうれしくない特色がある。この点については、米国環境保護局の有毒化学物質排出目録(Toxic Release Inventory:TRI)という、一般の人にはほとんど知られていないデータに詳しく記載されている。(参考記事:「こんなにうじゃうじゃいるのはなぜ? 野生動物が群れる理由とは」

34万トンの有毒化学物質

 TRIは、製造業、鉱業、発電などの産業関連施設に対し、リストに記載されている約650種類の有毒化学物質の排出量を報告するよう義務付けている。2016年のTRIのデータが昨年公開され、米国で最も汚染されている街がコッツビューであること、じつに34万トンもの有毒化学物質を排出していることが明らかになった。これは、鉄鋼業が盛んなインディアナ州ゲーリー、鉱山で有名なネバダ州バトルマウンテン、ミシシッピ川流域に多くの石油化学プラントがあるルイジアナ州ルーリングよりも多い。(参考記事:「銀山からリチウム産地へ、米ネバダ州」

「報告書を見て驚愕しました」と話すのは、アンカレジを拠点として環境健康研究と権利擁護のために活動する「有毒物質問題に取り組むアラスカ・コミュニティー・アクション(Alaska Commynity Action on Toxics:ACAT)」のパメラ・ミラー事務局長だ。

 ミラー氏は、コッツビューから排出されているとされる有毒物質のすべてが、街から北に130キロほどのところにある世界最大級の亜鉛・鉛鉱山「レッドドッグ」から出ていると指摘する。排出されているのは鉛とカドミウム、そして水銀だ。これらの元素は人体に有害で、環境に長い間とどまる。この地域特有の強風に吹き散らされた物質は地衣類に蓄積し、その地衣類をカリブーが食べ、カリブーを人間が食べることになる。

「この土地は、将来にわたって汚染されつづけるのです」とミラー氏。「食料を自給自足している人が多い地域なので、非常に心配です」

レッドドッグ鉱山

 1989年に開業したレッドドッグ鉱山は、カナダのブリティッシュ・コロンビア州の金属鉱山会社「テック」が経営している。鉱山はアラスカ先住民の会社「NANA」が所有する土地にあり、NANAの株主600人が鉱山の従業員または請負人として働いている。NANAのウェブサイトによれば、レッドドッグは単なる鉱山ではなく、「アラスカ北西部とアラスカ州全体の希望であり、触媒」であるという。

 テック社のクリス・スタンネル上級広報担当官は、TRIの報告書にある排出量は、人里離れた鉱山の採掘現場で出る大量の岩石や鉱石についてのものであり、これらの物質は、州と国の許可の下、貯蔵設備の中でしっかり管理されていると説明する。彼は、「2016年について言えば、TRIの報告書にあるレッドドッグ鉱山からの排出物の99.93%以上が現場の選鉱くず貯蔵所にありました」と言い、このような物質が出るのは「採掘プロセスでは普通のことであり、環境に影響を及ぼすものではありません」と付け加える。

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